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2011年10月12日水曜日

♯266 想い出あずかります(文学)

吉野万理子著 2011


あらすじ


「嬉しいのに涙が出て、傷ついても信じてみたい。
自分にそんな感情があることを、初めて知って驚いた。
こんなに大事な想い出を、人は忘れてしまうもの? 
ううん、忘れ去るなんて、きっとしない。
見えなくて触れないからこそ大事だって、分かってる。
人間って侮れないんだよ――。きらきらと胸を打つ、大人のための長編小説。」




想い出質屋という店がある。
20歳まで利用できるお店だ。
子供たちはそこに様々な想い出をあずけに訪れる。
母との想い出や友との想い出。
何気ないものから、その子供としての、その瞬間にとって、
とてもとても大事な、それが何か運命の分け目となるんじゃないか、
という想い出。


想い出をあずけることで、それは、お金になるかわりにその想い出は消える。
想い出をあずける、という行為を読者として客観視することで、
恋やイジメ、家族という様々なものとの向き合い方を見ることができる。


質屋を営むのは魔法使いである。
魔法使いではあるが、決してメルヘンすぎることのないのが本作の良い点の一つであろう。
ことのほか、淡々と話は進み、かつ、面白い。


ひたすら人間の想い出や悩みを聞いてきた魔女。
人間と違い、寿命がない。
魔女には人間のような様々な感覚はあるのだろうか。


想い出、というものを軸に、
人々の感情の交差、人と魔女との感情の交差、
そして想い出というふんわりとしたものを、
温かさの中に、哀しみと凛としたものを感じさせる本作は非常にオススメであります。


振り返ってもいい。でも戻るな。
一歩一歩大事に、歩を進めるのが、大事なのだ。


「本当はもっとシンプルでしょう」
「え」
「本物の相手の見つけ方」
「シンプルって?」
「想い出にならない人。それが運命の人よ」
「想い出に、ならない?」
「好きだった、にならない人。あの頃はよかったな、と思わない相手。
何年たっても好き。現在進行形のまま。それが本当に大切な人」

2011年2月4日金曜日

♯240 スコーレNo.4/宮下奈都(文学)





スコーレNo.4 [著]宮下奈都(2007)

 お疲れ様です。
日々暇をもてあそぶ私の友として、
うーん、読書はかかせません。。

 そんな中で一冊今回チョイスいたしますのは、
「スコーレNo.4」です。
書店員の企みからスマッシュヒットを記録した、
というエピソードがあります。


あらすじ

「自由奔放な妹・七葉に比べて自分は
平凡だと思っている女の子・津川麻子。
そんな彼女も、中学、高校、大学、就職を通して
4つのスコーレ(学校)と出会い、少女から女性へと変わっていく。
そして、彼女が遅まきながらやっと気づいた自分の
いちばん大切なものとは…。ひとりの女性が悩み苦しみながらも
成長する姿を淡く切なく美しく描きあげた傑作。」


 淡々とした僕の日常に舞い降りたこの1冊の中に含まれる、
それこそ淡々と進められていくこのストーリーは、
淡々としながらも実に力強さがにじみ出ている。

 4つのスコーレ、つまり本作は4つの章に渡り、
物語は一直線につながっていくわけだが、
幼き頃から常に輝かしかった妹。
自分には光るモノがなにもない、
という妹へのコンプレックスのようなものが、
次第に生まれ、七葉なら・・・七葉なら・・・、
気づけば比較対象に妹をあげている。

 働くことで、自分の光る何かを見出しすことができた。
働くことで、好きな人ができた。価値観が変わった。
本作において、彼女を大きく動かしたポイントは、
「仕事」であろう。

 様々な出会い。出会いとは、人だけではない。
商品、仕事の方法論、などと気づけば、
色んな事を自分は身につけ、出会ったんだなぁ、と。

 ふと、帰省する。
三姉妹で過ごす久しぶりの時間。
輝かしかった妹・七葉。
今となっては七葉も七葉。
自分と同じように、悩み、遠回りをし、
そう、彼女だって普通の女の子であった。
そう気づいた時には、どこか余裕がうかがえた。

 とはいえど、妹の存在なしに彼女のここまでの人生は、
語ることができないであろう。
比較対象とはいえど、いつもそばに居てくれたのだ。
そんな淡々と平平凡凡ながら心をスッとさせてくれる良作であった。

 
 自分自身に置き換えてみよう。
いつもそばに居てくれる存在ってありますか?
改めて考えてみると、いるものですよね。
それが別に何人いるかは人それぞれだ。
逆にあなたがいわゆるその「存在」となっている、
ということだって有り得るわけであり、
決してそれはいつも助けてくれるわけではないけれど、
それは時には障壁となる(思う)ときもあるかもしれないけど、
成長過程において、なくてはならない存在だったわけだ。

 生きる上で、いつしか道に迷うことがある。
災難がふりかかるかもしれない。悲しい、寂しい。
それも、自分だけの感情じゃない、
そう感じ、少しは楽になろう。
そして、そんな身近な人がいたら、
救いの手を差しのべてあげると、良いだろう。





2010年12月27日月曜日

♯233 街場のメディア論(文学)




内田樹 光文社新書 2010 8/20

「テレビ視聴率の低下、新聞部数の激減、出版の不調──、
未曽有の危機の原因はどこにあるのか?
「贈与と返礼」の人類学的地平からメディアの社会的存在意義を探り、
危機の本質を見極める。内田樹が贈る、
マニュアルのない未来を生き抜くすべての人に必要な
「知」のレッスン。神戸女学院大学の人気講義を書籍化。」


ということで、ようやく読了です。
内田先生によるメディア論です。

みなさんも視聴率の低下や出版関係の不調は、
色々な方向から耳に、目に、していることでありましょう。
その部分をチクっと刺す内容でした。

メディア自身の不調の原因はメディア自身にある、
と言うようなくだりがあります。
これは、頷けるところではありますし、
ここまでそのシステムをガチガチに構築し、
がんじがらめになってしまったメディアのどこに、
復調の道は開けるでしょうか。

幾つか引用しますと、

「テレビの場合、放送するためにはお金もかかるし、
機材も要るし、人間も要るし、スポンサーや政治家や行政の
干渉にも応接しなければならない。
だから、「つつがなく放送する」ことそれ自体が自己目的化する。
それはやむを得ない。でも、それはシステムとしては
きわめて脆弱だということを意味しています。」

「「とりあえず『弱者』の味方」をする、
というのはメディアの態度として正しいからです。
けれども、それは結論ではなくて、一時的な「方便」にすぎない
ということを忘れてはいけない。何が起きたのかを吟味する仕事は、
そこから始らなければならない。
僕はメディアはそのことを忘れているのではないかと思います。」


この2つの文章について、思わず納得させられてしまったものです。
もはや、自由がきかない、と言えますね。
しかし、ネットの普及により、
人々の「理解」は大いに深まったことと思います。
たくさんの情報と娯楽に満ち溢れたその世界は、
従来の定まったチャンネル数を大きく飛び越え、
思わぬ満足と悲しみを、より速く伝えてくれます。
どれが嘘でどれが真実か不安定なままで。

ジャーナリズムの根はやはり真実を伝えること。
これに尽きます。
たくさんの言葉の飛び交うネットとメディアは、
相互関係を維持しながらも闘い続けなければいけないことでしょう。
メディアの不調、それはメディア側にある、
という意見に加え、それ故に半信半疑に陥った我々がそこにいる、
ということも我々は汲まなければいけない、そう感じました。


読書、に関しても言及していまして、
そこに面白いことが書かれてありました。

「「前未来形」というのは未来のある時点で
完了した行為や状態について使う時制です。
「今日の午後の三時に私はこの仕事を終えているであろう」
というようなのがそれです。
書棚に配架された本が「前未来形で書かれている」というのは、
その書棚に並んだ本の背表紙を見た人が
「ああ、この人はこういう本を読む人なんだな」
と思われたいという欲望が書物の選択と配架のしかたに
強いバイアスをかけているということです。
人から「センスのいい人」だと思われたい、
「知的な人」だと思われたい、あるいは
「底知れぬ人」だと思われたい、
そういう僕たちの欲望が書棚にはあらわに投影されている。」


書棚の背表紙に反映される、
というのはたしかに思い当たる次第です。。。
それに似て、CDなどもそうではありませんか?
「並べる」という行為は、自らが行う行為であり、
すなわち我々の意識を通過する。
自分が見たい形=見せたい形
このような関係というのは、決して拭えぬものでありましょう。

あぁ、なるほどな、ということが、
多分に含まれた面白い1冊でした。


最後に、内田氏が述べた一文を引用して締めましょう。



「中国のような海賊版の横行する国と、
アメリカのようなコピーライトが株券のように取引される国は、
著作権についてまったく反対の構えを取っているように
見えますけれど、どちらもオリジネイターに対する「ありがとう」
というイノセントな感謝の言葉を忘れている点では相似的です。」


時に、己を通過する音楽やニュースなどの記事は、
己の姿勢に反映されると思います。
固定観念、が一番わかりやすいところかもしれませんが、
真摯、これを双方が大事にしなければいけない部分の一つ、
ではないかな、なんて思ったりもしました。




2010年10月3日日曜日

♯214 「俺俺」星野智幸(文学)




あらすじ

「なりゆきでオレオレ詐欺をしてしまった俺は、
気付いたら別の俺になっていた。上司も俺だし母親も俺、
俺ではない俺、俺たち俺俺。俺でありすぎてもう何が何だかわからない。
電源オフだ、オフ。壊れちまう。
増殖していく俺に耐えきれず右往左往する俺同士はやがて――。
現代社会で個人が生きる意味を突きつける衝撃的問題作!」


つくづく表現者、と言われる人に嫉妬する。
そしてこの星野氏のまた表現に、嫉妬する。

俺がいて、俺がいる。
それはまさに俺であり、つまりは俺以外の何者でもない。

社会全体を見渡した時、混迷極める人間関係。
その上で、中で、もしくは外で、生じる己のブレ。
自己は他者と同化しつつも、それすらも自己であるが、
そんな境界線は実のところ希薄。

たたみかける俺地獄。
現実と虚構の狭間。
一体今の自分はどこにいるのだろう。

その問いは、パッと開き、フィナーレに流し込まれる。
その問いをまず持つことが大事だ。
救世主は他者であり、己である。
どちらも欠けてはいけない大事なピースである。

感動と嘆息に覆われ、
ハッとした爽快感とともに、
一歩踏み出すことのできる素晴らしい作品でした。

新潮社 星野智幸「俺俺」





2010年5月25日火曜日

♯187 書籍、漫画、それぞれ少々(文学)

 いやぁ、やはり青森だと、書籍の入荷量が増え、
音源入荷量が異様に減りました。

友人ケーヤ君に頼んだブツはいつ届くのでしょうか。


ということで、まずは書籍。。


「ドーン」平野啓一郎
(2033年、人類で初めて火星に降り立った宇宙飛行士・
佐野明日人(さの あ すと)。火星から帰還した明日人は
アメリカ大統領選挙をめぐる巨大な陰謀に巻き込まれていく。
鍵を握るのは、宇宙船<ドーンDAWN>の中で起きた「ある事件」。
明日人の妻・今日子、副大統領候補の娘リリアン・レイン・・・・・・
様々な人物たちの間でうごめくそれぞれの思い。
世界的英雄となった明日人を巻き込む人類史上最大の秘密とは?
30年後、人類はまだ人を愛することができるのか!?
『決壊』を経て、平野啓一郎が描く、
最高の純文学かつ究極のエンターテイメント小説。 )



「シュルレアリスム宣言/溶ける魚」アンドレ・ブルトン
(「シュルレアリスム宣言」こそは二十世紀の芸術
・思想の出発点である.夢,想像力,狂気を擁護して,
現実の奥深くに隠された〈超現実〉を暴きだし,真の生,
真の自由に至る革命の必要を高らかに謳いあげる.
本書はその原書初版の構成に基づいて,
自動記述による物語集「溶ける魚」を併収し,
綿密な訳注を付した新訳決定版. )



「無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和」網野 善彦
(近代から古代まで遡り、駆込寺や楽市など多様な領域に、
人間の本源的自由に淵源する無縁の原理の展開をよみとる。
日本歴史学の流れを捉え換えた画期的な名著。)



「現代建築に関する16章 空間、時間、そして世界」 五十嵐太郎
(時代と建築家の試みを読み解く斬新な視点を提示。
建築があるスケールを超えて巨大化していくと、
もはや古い建築のモラルはふっとんでしまう……
もちろん、内部と外部を一致させるような近代建築の倫理観もふっとぶ。
巨大化すると、外部は制御不能。ファサードという概念が無効になるのです。
資本主義のロジックでドライブさせると、建築は巨大な空間を志向し、
ひたすら内部に向かう。外観のデザインを整えるというのは、
古典的な美学にもとづく建築家の仕事として歴史的につづいていました。
しかし、それは巨大資本主義の建築にとって、なんの効力ももたない。
……もはやそんなことはどうでもよくなって、
別の次元に突入するのです――<本文より>)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

優駿の門(文庫版) 12巻
(うわぁ、完結までまだまだ時間がかかるぜ!
でも面白過ぎるから、どんどんじわじわ集めたる!!)


「あしたの弱音」タイム涼介
(学校に住み込み、自給自足生活を送る中学生・弱音。
5年に渡りコミックビーム誌上で連載され、当初、普通のギャグ漫画であったのが、
勝手にキャラクターが暴走し、途中でシリアスな青春漫画となった異色の作品。
要望の多かった後半をメインに待望のコミックス化!
ということで、これ、めちゃくちゃ面白い!)



「アベックパンチ」タイム涼介
(ということで、「明日の弱音」の影響で、
タイム涼介関連を集めることにした。
と思い立ち、即購入。
「横浜を根城に日々、暇を持て余す高校生・イサキとヒラマサ。
ケンカじゃ無敵の二人だったが、
唯一の敗北がきっかけで、あらぬ方向に運命は転がり始める……。」)




「日直番長」タイム涼介
(ということで、こちらもタイム涼介関連。
ギャグや下ネタ満載な彼だが、
それだけじゃないのです。
そこに、どこか美的価値観のようなものを、
感じさせられてしまうのが、
彼の作品の素晴らしいところ。
この作品にも、ファン多し)



「銭」鈴木みそ 3巻
(「必読、これが大人の社会科見学だ!
鈴木みその熱筆が冴える、大人気・銭勘定マンガ」
ということで、普通に面白いこの作品。
まだ3巻。早く集めなければーー、
とあせっております。ジワジワ集めまっせ!)




ということで、本がどんどん増え、
自分で読むのも追いつかないという醜態なので、
そろそろ音源収集に趣向をシフトチェンジしたいです。
気まぐれな自分を戒めて、音源を増やす!!多分。





2010年5月15日土曜日

♯184 書籍(文学)

 一応最近1ヶ月で入荷した書籍をこそこそ並べます。
東京にいた頃に比べ、だいぶ本も買えなくなりました。
一番ショックですね。G-SHOCK。


「Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流」
津田 大介

(これを超えるtwitter本は出ないだろう、
とまで発売当初言われた本ですね。
twitterのただの解説本ではなく、
社会的に、ビジネスやメディアなど、
様々な側面から見たタイトルそのものの良本)



「電子書籍の衝撃」佐々木 俊尚
(こちらはちょうど本日読了。
電子書籍、つまりキンドルやipad、グーグルなど、
出版社の行く末や書き手、編集者の行く末、
また音楽についても今ビジネス体系はどのような潮流をなしているか、
というのを明快に書いている実にわかりやすい良本)



「吾妹子哀し」青山光二
(未読のため解説文転載。
「アルツハイマー型認知症で、妻の杏子は記憶を喪いつつあった。
失禁や徘徊を繰り返し、介護にあたる夫の圭介を
当惑させるのだが、齢九十を前にした夫は、老いた妻の姿に、
若い日の愛の想いを甦らせていた。
……おれは何とこの女を愛していたことだろう。
今も愛は生きている。自分の愛に責任を持たなければ――。
実体験に基づく究極の夫婦愛を謳って、川端康成文学賞を受賞した名篇」)



「空間の経験」イーフー・トゥアン/著 
(未読。解説転載。
「人間にとって空間とは何か?
それはどんな経験なのだろうか?
また我々は場所にどのような特別の意味を与え、
どのようにして空間と場所を組織だてていくのだろうか?
幼児の身体から建築・都市にいたる空間の諸相を
経験というキータームによって一貫して探究した本書は、
空間と場所を考えるための必読図書である。」)



「共通感覚論 ―― 知の組みかえのために ――」中村 雄二郎
(未読。解説転載。
「共通感覚は視覚や触覚などの諸感覚の統合に関わる
根源的能力である.アリストテレス以来の共通感覚についての
考え方とそれが開示する認識の新たな広がりを再発見し,
現代芸術や言語・時間・場所等の諸問題を解明する.」)



「リバティーンズ マガジン 」
(こちらは隔月発売の雑誌の創刊号ですね。
今回は特集がtwitter最終案内ですが、
なかなか切り口が他誌とは異なる感じを受ける。
中には文科系として著名な人々も多数いたり、
レビューやコーナーそれぞれ、
意外に興味深いものが多数あり、これからが興味深いところです。)






2010年2月3日水曜日

♯150 書籍(文学)

 さて、本日2本目の更新です。 

 ということで、購入した書物をつらつらと。
あらすじ・内容に関しては、転載で。


「映像の修辞学」ロラン・バルト
(イメージは意味の極限である。
映像=イメージをめぐる3つのテクスト
(2篇の論文と1篇のインタヴュー)が1冊に。
広告写真からいくつもの記号を掬い上げ、
イコン的なメッセージと言語的メッセージを丹念に読み取ってみせる
「イメージの修辞学」。報道写真やグラビア写真などを取り上げ、
フォトジェニックな構図・手法、
テクストとの関係を記号学的に論じる「写真のメッセージ」。
作品の意味が宙吊りになる魅力について
ブニュエルの「皆殺しの天使」を引きながら闊達に語る「映画について」。
イメージから記号を読み取る鮮やかな手つき、
言葉の持つ官能性を存分に味わえるロラン・バルトの独壇場。)



以下は、100円で購入。
純文学が主だが、そういえば、純文学は、
大学時代、図書館で借りて読んでいたもので、
財産としては、何も持ってはいなかった。
と、いうことで、ちょこっとですが、100円で色々購入。


「蒲団・重右衛門の最後」田山花袋
(蒲団に残るあの人の匂いが恋しい
――赤裸々な内面を大胆に告白して自然主義文学の先駆をなした
「蒲団」に「重右衛門の最後」を併録。)


「盲目物語」谷崎潤一郎
(長政・勝家二人の武将に嫁し、
戦国の残酷な世を生きた小谷方と淀君ら三人の姫君の境涯を、
盲いの法師が絶妙な語り口で物語る名作。)



「ヰタ・セクスアリス」森鴎外
(哲学者金井湛なる人物の性の歴史。
六歳の時に見た絵草紙に始まり、
悩み多き青年期を経ていく過程を冷静な科学者の目で淡々と記す。)


「田園の憂鬱」佐藤春夫
(都会の喧噪から逃れ、
草深い武蔵野に移り住んだ青年を絶間なく襲う
幻覚、予感、焦躁、模索……青春と芸術の危機を語った不朽の名作。)



「コロンバ」メリメ


「考えるヒント」小林秀雄
(「良心」について、「平家物語」、「花見」…。
さりげない語り口で始まるエッセイは、
思いもかけない発想と徹底した思索で、
読者を刺激し新たな発見を与える。永遠に読み継がれるべき名著。)



「浅草キッド」ビートたけし(ダンディな深見師匠、
気のいい踊り子たちに揉まれながら、
自分を発見していくたけし。
浅草フランス座時代を綴る青春自伝エッセイ。)




2010年1月25日月曜日

♯145 書籍(文学)

 ということで、入荷した書籍を。。。



「万葉群像」北山茂夫
(天皇・貴族から農民まで,
万葉集の無数の作者たちは恋の喜びを,
別離の悲しみを,自然の美しさを,おおらかに歌い上げた.
これら万葉人の群像の中から典型的人物を取り上げ,
その秀歌の神髄を縦横にわかりやすく物語る.
額田王,大津皇子,柿本人麻呂,山上憶良,
大伴旅人・家持などに時代の照明を当て,人と文学を浮彫りする.)



「歌舞伎以前」林屋辰三郎
(伝統文化として脚光をあびる歌舞伎や能・狂言,
そして茶や花などは,どのように成立し発展してきたのだろうか.
古代国家の束縛を打破って成長してきた中世の民衆が
その生活の中から生み出したさまざまな芸能は,
近世に至って歌舞伎に凝集する.
それら芸能を担い支えた人びとの生活や意識に光を当て,
伝統芸能の本質を説き明かす.)



「生命の起源」オパーリン


「科学・自由・平和」A・ハックスレー


「時間革命」角山栄
(正確な腕時計、予定帳、そして携帯電話-。
いつからこんなに忙しくなったの?
クオーツ時計の終焉以後、現代に起こっている時間革命を、
人間の労働、生産、暮らしに関する分野から考える。)



「雪のひとすら」ポール・ギャリコ
(雪のひとひらは、ある冬の日に生まれ、
はるばるとこの世界に舞いおりてきました。
それから丘を下り、川を流れ、
風のまにまにあちこちと旅を続けて、
ある日…愛する相手に出会いました。
ひとりが二人に、二人がひとりに。あなたが私に、
私があなたに。この時、人生の新たな喜びと悲しみが始まったのです―。
永遠の愛の姿を描く珠玉のファンタジーを、美しい挿画でお届けします。)



「あかい花」ガルシン
(極度に研ぎ澄まされた鋭敏な感受性と正義感の持主であった
ロシアの作家ガルシン(1855-1888)には,
汚濁に満ちた浮世の生はとうてい堪え得るものではなかった.
紅いケシの花を社会悪の権化と思い込み,
苦闘の果てに滅び去る青年を描いた『紅い花』.
他に,『四日間』『信号』『夢がたり』
『アッタレーア・プリンケプス』を収録.)



「プリンシプルのない日本」白洲次郎
(「風の男」、そして「占領を背負った男」
――戦後史の重要な場面の数々に立ち会いながら、
まとまった著作は遺さなかった白洲次郎が、
生前、散発的に発表した文章がこの一冊に。
「他力本願の乞食根性を捨てよ」「イエス・マンを反省せよ」
「八方美人が多すぎる」など、日本人の本質をズバリと突く
痛快な叱責は、現代人の耳をも心地良く打つ。
その人物像をストレートに伝える、唯一の直言集。)



「空白の青春」有馬頼義



「美女千人城」貴司山治



「檸檬・冬の日」梶井基次郎
(「視ること,それはもうなにかなのだ.
自分の魂の一部分或いは全部がそれに乗り移ることなのだ.」
作者の創造の秘密をこれほど明らかに語るものはない.
こうして自我と対象とを一分の隙もなく合一させた瞬間に,
梶井の生命は閃光を放って輝く.
特異な作品を残して夭折した作家の全貌を伝える短篇集.)




「非‐知―閉じざる思考」G・バタイユ
(「絶対知」が形成されるその瞬間から「非‐知」が始まる―。
人間主義的知性が自己完結する言説の回路を解体し、
認識の構造の自明性を根底から問い直す「外の思考」。)



「世界の写真史」ヘルムート・ゲルンシャイム,
アリソン・ゲルンシャイム,伊藤 逸平






2010年1月19日火曜日

♯140 書籍(文学)

 そういえば書籍も大量に購入したので、
ここに備忘録的に、そして、
あらすじをどっかから引用し、
手軽に紹介していこうと思います。


「日本語の年輪」大野晋
(日本人の暮しの中で言葉の果した役割を探り、
言葉にこめられた民族の心情や歴史をたどる。
日本語の将来を考える若い人々に必読の書。)


「光あるうちに光の中を歩め」トルストイ
(欲望や野心、功名心などの渦巻く俗世間に
どっぷりつかっている豪商ユリウスと、
古代キリスト教の世界に生きるパンフィリウス。
ユリウスは何度かキリスト教の世界に走ろうと志しながらも、
そのたびに俗世間に舞いもどるが、しかし、
長い魂の彷徨の末についに神の道に入る。
──福音書に伝えられているキリストの教えに従って生きよ
と説いた晩年のトルストイの思想を端的に示す。)


「常識について」小林秀雄
(真の意味の創造的な叡知の評論家である著者。
その独自の直観、強烈な観察を経た個性的な文章は、
読む人の心を捉えてはなさない。
ユニークなエッセイ、講演を含め、円熟した現在を語る。)


「典子の生き方」伊藤整
(未読。ちなみに「青春」は持っていない。
近々購入しなくてわ!!!)


「キモノ・マインド」B.ルドフスキー
(日本へのラブレターだとか!)


「知の構築とその呪縛」大森荘蔵
(16世紀に始まった科学革命は、
世界を数量的に表現しようとする考え方をもたらした。
けれども、それによって「心」に帰属するものが排除され、
自然と人間の分離、主観と客観の対立が生じることになった。
常識が科学へ展開していく不可逆的な過程で、
何が生じたのだろうか。近代以降の科学史的事実を精査し、
人間と自然との一体性を回復する方途をさぐる。)



「今日われ生きてあり」神坂次郎
(僕の生命の残りをあげるから、おばさんはその分、
長生きしてください――特攻隊少年飛行兵たちはこの上なく美しく、
限りなく哀しい言葉を遺して空に散っていった。
その散華は国や天皇のためではなく、
愛する妹、愛慕する父母、愛しい恋人のための勇敢な飛翔であった。
そのあまりにも純粋で無垢な魂の呻吟を遺された手紙、
日記、遺言、関係者の談話により現在に刻印した不滅の記録。)



「海の沈黙/星への歩み」ヴェルコール
(ナチ占領下のフランス国民は,
人間の尊さと自由を守るためにレジスタンス運動を起こした.
ヴェルコールはこうした抵抗の中から生まれた作家である.
ナチとペタン政府の非人間性をあばいたこの二編は抵抗文学の白眉であり,
祖国を強制的につつんだ深い沈黙の中であらがいつづけ,
解放に生命を賭けたフランス人民を記念する.)



「近代日本人の発想の諸形式」伊藤整
(表題作は,多くの近代日本の文学者に題材をとりながら,
日本人の生き方を,調和型・上昇型・下降型・逃避型・立身出世型に分類し,
それらを巧みな例で実証する.
昭和二十八年発表当時大きな反響をよび起した論文であり,
著者の思想の集大成として高く評価されている.
他に「近代日本の作家の生活」等を収録.)


「不確実性と情報入門」金子郁容
(ますます多様化する現代社会.
ものごとの相互連関性が高まり,複雑性も増している.
時代の2つのキーワード「不確実性」と「情報」を,
確率の考え方を基盤にして日常的な視点から語る.
確率論,情報とネットワークの基礎を説く. )



「線路を楽しむ鉄道学」今尾恵介
(鉄道旅に出かけよう!路線変更の様々な理由、
峠越えやカーブを曲がる技術、乗り換えの名所、
車窓から見る地形あれこれ、線路が語る日本近代史
──読めば鉄道旅に出掛けたくなる、蘊蓄満載の入門書登場!)



「人間について」ボーヴォワール
(あらゆる既成概念を洗い落して、
人間の根本問題を捉えた実存主義の人間論。
古今の歴史や文学から豊富な例をひいて平易に解説する。)



「蓼喰ふ虫」谷崎潤一郎
(性的不調和が原因で、
互いの了解のもとに妻は新しい恋人と交際し、
夫は売笑婦のもとに通う一組の夫婦の、奇妙な諦観を描き出す。)



「刺青・秘密」谷崎潤一郎
(肌をさされてもだえる人の姿にいいしれぬ愉悦を感じる
刺青師清吉が年来の宿願であった光輝ある美女の背に蜘蛛を彫りおえた時、
今度は……。性的倒錯の世界を描き、美しいものに征服される喜び、
美即ち強きものである作者独自の美の世界が顕わされた処女作『刺青』。
作者唯一の告白書にして懺悔録である自伝小説『異端者の悲しみ』
ほかに『少年』『秘密』など、初期の短編全七編を収める。)



まだまだあるが、
後日追って紹介。




2009年10月6日火曜日

♯97 書籍(文学)

 そういえば購入した書籍をアップするのを忘れてました。
ブログというのは、備忘録にもなって便利ですね!


とまぁ、なんだかんだ言ってますが、
最近本をそんなに買っていなかったのも事実。
そして、ジョジョと花の慶次を集める方が最近は楽しみなのです。


そんな合間に買った書籍


須田一政「わが東京」
(写真集ですな。好きな方なので。
この人の作品は世界観というか雰囲気を持っていますね。
そして、無名有名関係なし。
あるのは、そこにある「時」)


野村克也「あぁ、監督」
(私は野球信奉者であり、
楽天野球の信奉者であり、野村監督の信奉者であります。
ゆえに、野村本はなるべく購入するようにしています。
組織は監督の器より大きくならず。
と野球を超え、「人」を通して、組織を見る。逆も然り。
ノムさんに説教されよう)


著: オギュスタン ベルク
翻訳: 篠田 勝英

「都市のコスモロジー―日・米・欧都市比較」
(どうしたことか。東京に来て以来、
こういった都市論ものはよく手にしてしまいますな。
さて、都市の様々な形をとらえ、
視界を広げてみようかなと思う)


谷崎潤一郎「文章読本」
(こと、谷崎氏の文は、
陰翳礼讃にみられるように、
非常に緻密かつ美しい。
そんな彼の名著の一つであろう今作品を、
見逃すわけにはいかないので、ようやく入手。
簡単に手には入るのだが。。)


佐々木正人「レイアウトの法則―アートとアフォーダンス」
(やはり、「当たり前」こそ今一度知らなくてはいけないのだ。
物などを見て感じるその知覚は、
要はレイアウトによって刺激されているわけだが、
さてその仕組みを垣間見てみようじゃないか、と)


※おすすめ動画

気持ちヨホホイホイ 月乃家小菊
(この気持ちよさそうにダブミックスしてる感じが素敵です)





2009年6月30日火曜日

♯53 書籍(文学)

・入荷した書籍(未読)

シャマイエフ「コミュニティとプライバシイ」
(住居計画におけるコミュニティの必要性とその計画理論
が述べられているのかな。
たしか、「街並みの美学」の中で引用されていた気が)


槇 文彦「見えがくれする都市―江戸から東京へ」
(土地や建築というものは、
一般に深く考えるものではないが、
私たちは恐らく様々な物事の、
深層心理に誘われるままに生きているのだろう。
それらを深く解き明かす名著。だと思う。)


野坂昭如「戦争童話集」
(ご存じ火垂るの墓の著者。
さて、その戦時の果てとは。
今だからこそ、深い感慨とともに読みたいものだ)


湯本香樹実「夏の庭―The Friends 」
(ひとり暮らしの老人と子どもたちとの
奇妙な交流を描いた中編小説、
だそうである。
なかなかこういった純文学を手に取るのは、
久々な気がするが、たまにはいいと思う)


大岡信「装飾と非装飾」
(大岡信というだけで、
そしてそのタイトルだけで購入を決意。
恐らくは芸術書籍の類であろう。
楽しみではある)


町田康「供花」
(彼の作品で今まで私の中で
当たりはなかった気がするが、
でもまた彼の言葉遊びにふれたくて、
思わず購入。)


赤瀬川原平ほか「路上観察学入門」
(今でも、ふと街を歩くと思わず探してしまう、トマソン物件
トマソンという語は僕に大きな意味をもたらしてくれたことには、
この数年来感謝しきりである。
無意味に意味を見出すという、
人間らしいこの価値観は、
時代を問わず、残されるべき価値観である。
路上を観察し、「何か」を見出すわけである。)


ジョン・ケージ「ジョン・ケージ―小鳥たちのために」
(大谷能生は「貧しい音楽」でこうケージを述べる。
・・・彼は、ある音をある音として人間化することなく放っておくこと
「その音」を「その音」として認識/体験することの倫理に
その一生を捧げた。・・・・・
そんな彼の著作を読まないわけにはいかないじゃないか。)


谷崎潤一郎「 陰翳礼讃」
(やっと見つけたぜ、この本。
100円で探しまくるというこの僕の意地汚さをお許しください。
この作品にどんな感銘を受けることができるのか、
今から非常に楽しみなところでございます)


深澤直人「 デザインの輪郭」
(まぁ、デザインの定本でしょう。
今更ながら購入です。)



・卒読した書籍

大谷能生「貧しい音楽」
(後日詳しく感想を書けたらと思っております)

和辻哲郎「和辻哲郎随筆集」
(やはりこの人の文、
そして感覚は素晴らしい。
研ぎ澄まされていますね。)

吉村作治「三国志 1巻・2巻」
(8巻あるのにまだまだ。
気が遠くなる、と思いきや、
これがまた読んだら止まらない)

どれだけ購入し、
どれを読み終わり、
それをどこまでここに記したか、
忘れたので、今日はここまで。


※おすすめ動画

Slint 「Good morning, captain 」
(ホント、Slintは色あせないねぇ、、、、
かっこいいったらありゃしないです)





2009年4月17日金曜日

♯26 baum(文学)

 ここ、東京も、36%は森林だそうだ。
さて、私の実家は林業を営んでいる。
祖父もそうだし、物心がついた頃には、
私にとって山は当然の環境であった。

 そしてこのフリーペーパー「東京の庭 baum」は、
林業もしくは木、にスポットを当てている。
計2冊での構成だ。

 木を伐採し、植える。そしてその木の、森林の手入れをする。
簡単にいえば、これが林業の仕事である。
いや、これがまた非常に体力のいる作業なのだ。
というのも、大学時代、手伝っていたからで、
当然、作業中は作られた山道を歩くのではなく、
斜面を歩く。ひたすら上り、下る。
しかし、その移動スピードは、
私よりも2回り、いや3回り、いや4回り?
も年齢が上の老年の方が速かったりもする。
その上、「若いっていいねぇ」なんて言ってきたりして、
皮肉!?とも思うし、「いい年のとりかたしてますね!」
なんて言葉も私はかけてあげません。

 間伐の後の山。
これがまた非常に美しい。
特に紅葉時、その様はというと、
今でもまだあの光景は私の頭を離れない。

 そんな林業の作業について若い人にもわかりやすく、魅力的に、
そして木を基調とした建物(家や図書館など)
の紹介などが書かれているわけだが、
これらのほとんどは23区外であり、
東京に存在する多くの「市」であるという点は、
わかりやすい東京という地を表している。

 しかし、林業という、
非常に金回りの悪い職業。
どうにかしてほしいものである。
金をかけずに山をキープだぜ!
なんて甘っちょろい考えをしていると、痛い目にあうだろう。
山の幸がなかなか恋しくなってきたものです。
そしてこのフリーペーパーを実家に、
送ってやろうかなとも思ってみたりもして。


※おすすめ動画

Ken Ikeda - Pictures
(エレクトロニカ。アルバム「Tzuki 」は名盤でしょう)




2009年4月2日木曜日

♯22 雑誌など(文学)

・4月1日発売の雑誌「FAMOSO(ファモーソ)」
編集長、ビートたけし。副編集長、所ジョージらしい(?)
社会風刺というのも実におこがましい程に、くだらない。
度々使われるゾマホンがいい味を出しています。
また通常の雑誌の広告部分(~~クリニックとか金運アップ〇〇とか)、
ここもまたしっかり手をこんで(いながらも実にテキトーに)作られており、
どのページも、どの文字も、どの数字も見逃せない1冊になっている。
年末の「No TV?」(TBSで放送の報道テロと言っても過言ではなかった番組だった・・・といってもいいほどに面白かったし伝説だろう)
といい、ビートたけしの躍進はファンの一人である私にとって実にうれしいところです。

・3月27日発売の雑誌「イラストレーション」
酒井駒子特集ということで(ほら、あのworld's end girlfriendのジャケットの!) 自作品について語ってくれている。
最初はスタイルが違ったんだなぁと今さら認識。
また、「嶽本野ばらが選んだ装画/挿絵50」も良い。
いいツボを突いてきてくれた。感謝。


卒読した書籍

・「デザインのデザイン」原研哉著
(デザインの本質はもはや、斬新さではない。いかに普段目の当たりにする
モノ・環境・状況に対し、多くの視野と思慮をめぐらすか。
そこから導き出される発見も、ひとつのクリエイティビティであり、つまり、
大事なのは「アフォーダンス」なのだ。これはデザインだけに限ったことではない。)


※おすすめ動画

Tortoise - I set my face to the hillside

Tortoise - Gamera

(Tortoiseフジロック参戦記念。名曲2曲どうぞ)




2009年2月11日水曜日

♯10 フェルマーの最終定理(文学)

 方程式 Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗(nは3,4,5・・・)
を、満たす3つの数は存在しない。

この主張とともに、フェルマーは、一つのノートの余白部に、あるメモを残した。

「私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、
余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。」

結局、これら“だけ”を残していったフェルマー。
そして、これを残したのは17世紀。

その後、およそ3世紀にわたり、数学者を悩ませることとなったこの「フェルマーの最終定理」
その謎が解けた日までにおいて、様々なドラマが展開されていった。

「証明」ありきの数学は、
その命題を解くにしたがって、「完全」を要する。
この「完全」という一つの美意識における魅力は、場合によっては、
一人の数学者の人生を丸ごと奪ってしまうリスクをも孕んでいる。

その大きな壁に立ち向かい、
その定理を証明できずとも、その過程において重要な道具となる一つの定理を
発見し、朽ち果て、後の英雄となっていった者もいれば、
完全に白旗を挙げた者もいる。

それら3世紀分の積み重ねと共に、
アンドリュー・ワイルズという一人の男は、
フェルマーの最終定理(そして、谷山=志村予想も)を証明した。

数学において、もっと重要な、そして普段の生活や未来に影響を及ぼすような、
解くべき定理は、様々に存在したはずだが、
多くの数学者がこのフェルマーの最終定理の虜になり、
挑み続けた、という点から見ても、やはりその異様な魅力がうかがえる。

まぁ読んでみれば解る。
数学が好きじゃなくても(俺も大嫌い)、
数論、まぁ論理的なので、そしてドラマ性をも多分に含んでいるので、
読みやすいでしょう。

新潮社「フェルマーの最終定理」サイモン・シン著


※ちょっと気になる動画を毎回貼っていこうかな

HOME SWEET HOME / GICODE WITH AI,JAMOSA

まったく、この手のメロディーはホント、ここ数年の売れ線だね。
でも、いいと思う(笑)