ジャンル分けとして、
決して「アート」ではないような気もするが、
「アート」の文脈ありきのところからの紹介記事ということで。
ていうか、そもそも、
私自身CADとか詳しくないし、
使用する機会なんて全くもってないのですが、
例えば、一般的に言う「建築」や「芸術」に、
恥ずかしながら、若輩者ながら興味を持っているわけで、
その文脈の中で、徳山知永について書かれている記事があり、
なかなか興味をそそられたので、紹介しておこう。
石上純也や隈研吾と恊働し、
それに則したソフトを作るのが彼なのだが、
「事物の背景にあるシステムやルールを見つけたり、
デザインしたりできないかと考えているからだと思います。
プログラミングはコーディングとは違いコンピューターに
固有のものではありません。都市や建築、あるいは運動会にさえ
「プログラム」はあります。それらの見えない力学に興味があります。 」
「プログラマーとして思考している時は、
重さも境界も単位もないロジックの世界に頭が行ってしまいがちです。
そういった「リアリティの欠如した世界」観の片鱗を
現実に持って来られるか」・・・云々
という回答が出てくるわけだが、
なるほど、プラグラムをプログラム、
ということなのかな?
みんな日々、挑戦し、そのおかげで、
様々な進歩は支えられてるんだなぁ、と感激。
興味ある面から物を読み、見ると、
興味のない物も面白く感じるなぁ、
なんてことも感じたものです。
その記事はこちらからどうぞ。
2010年2月26日金曜日
2009年9月29日火曜日
♯94 コープ・ヒンメルブラウ(アート)
ということで、週末は、、、、
『コープ・ヒンメルブラウ:回帰する未来』
2009年9月19日(土)~12月23日(水・祝)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター ギャラリーA(東京・初台)
時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(月曜が祝日の場合は翌日、ただし9月22日は開館)
に行ってきました。
コープ・ヒンメルブラウ、を知らない人のために説明させていただくと、
1968年、ウィーンで設立された建築設計事務所です。
「建築」を身体、空間、環境、都市へと接続・拡張していくメディアとして、
実際の建築そして建築的実験という二つの面で進化を遂げてきました。
ということで、
BMWウェルト であったり、
フローニンゲン美術館 であったり、
いわゆる脱構築主義的な建築であり、
夢に描かれるような、未来的な、
しかし、実現できるのか?的なものを数多設計してきた。
この一般的には突飛ともいえる設計に、
追いつけといわんばかりに、
構造や施工技術も高めるのに一役買ったといってよいのではないでしょうか。
そんなこんなで、いわゆる見た目ばかりに注目しがちだが、
そんな彼らのもう一つの偉業ともいえる、
建築的実験の分野に着目したのが今回の展覧であり、
その作品の一つ、
アストロバルーン1969 リヴィジテッド フィードバック・スペース
においては、上記サイトにあるように、
バルーン直下にインターフェイスつまり手で触れる棒があり、
それに触れることで、己の心拍が光と音となりリアルタイムに具現化される。
もう一つの作品が、
ブレイン・シティ・ラボ
であり、神経科学を都市構造の発達の影響にみる、
というもので、実際にそのインスタレーションの前に立つと、
自分がリサーチされ、その影響が映像シュミレーションと音で、
再現されていく。
こういった、科学と建築の関連付けによる実験が、
これから先、どのように我々の眼前に具現化され、
都市の新たな形を見せてくれるのだろうか。
他の展覧も、閉館間際だったので、
ちょこちょことだがのぞいてみた。
僕的には「オーサグラフ」に関する展覧がツボだったので、
時間があるときにもう一度足を運びじっくり見たいものだ。
一応ここにリンク貼っときます。
とまぁ、こんな感じです。
あとは僕の安っちぃカメラで撮ったICCの写真でも見てください。

『コープ・ヒンメルブラウ:回帰する未来』
2009年9月19日(土)~12月23日(水・祝)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター ギャラリーA(東京・初台)
時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(月曜が祝日の場合は翌日、ただし9月22日は開館)
に行ってきました。
コープ・ヒンメルブラウ、を知らない人のために説明させていただくと、
1968年、ウィーンで設立された建築設計事務所です。
「建築」を身体、空間、環境、都市へと接続・拡張していくメディアとして、
実際の建築そして建築的実験という二つの面で進化を遂げてきました。
ということで、
BMWウェルト であったり、
フローニンゲン美術館 であったり、
いわゆる脱構築主義的な建築であり、
夢に描かれるような、未来的な、
しかし、実現できるのか?的なものを数多設計してきた。
この一般的には突飛ともいえる設計に、
追いつけといわんばかりに、
構造や施工技術も高めるのに一役買ったといってよいのではないでしょうか。
そんなこんなで、いわゆる見た目ばかりに注目しがちだが、
そんな彼らのもう一つの偉業ともいえる、
建築的実験の分野に着目したのが今回の展覧であり、
その作品の一つ、
アストロバルーン1969 リヴィジテッド フィードバック・スペース
においては、上記サイトにあるように、
バルーン直下にインターフェイスつまり手で触れる棒があり、
それに触れることで、己の心拍が光と音となりリアルタイムに具現化される。
もう一つの作品が、
ブレイン・シティ・ラボ
であり、神経科学を都市構造の発達の影響にみる、
というもので、実際にそのインスタレーションの前に立つと、
自分がリサーチされ、その影響が映像シュミレーションと音で、
再現されていく。
こういった、科学と建築の関連付けによる実験が、
これから先、どのように我々の眼前に具現化され、
都市の新たな形を見せてくれるのだろうか。
他の展覧も、閉館間際だったので、
ちょこちょことだがのぞいてみた。
僕的には「オーサグラフ」に関する展覧がツボだったので、
時間があるときにもう一度足を運びじっくり見たいものだ。
一応ここにリンク貼っときます。
とまぁ、こんな感じです。
あとは僕の安っちぃカメラで撮ったICCの写真でも見てください。
※おすすめ動画
2009年8月9日日曜日
♯72 without records(アート)
展覧会ということで、
勝手ながらブログ右にある括りは「アート」にさせていただく。
ということで、原宿「Vacant」にて、
大友良英+青山泰知+伊藤隆之/YCAM InterLab + α
「without records」を見に行く。
いやぁ、なかなか予定が合わず、
行けなかったがようやく行くことができた。
ましてや、8月9日までということで、
終了直前、ギリギリセーフであった。
DVD付きのチケットを予約していたので、
何とか行きたいと思っていたが、念願叶った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お盆が近いにも関わらず、
原宿の様子というのは、いつもと変わらない。
竹下口から見下ろされるあの人の群れは、
相も変わらずで、いつもとの違いは、
夏休みのせいか、観光客が多いということ。
そんな原宿の佇まいの脇で、
上の写真にある通り、ポータブルプレイヤーで、
「without records」目的の人は、
ここか!と一目でわからせ、
そしてそうじゃない人にも、関心を引かせていた。
お金を払い、展覧会場に足を運ぶ。
アナログなカツカツとした音と、
サーフェイスノイズのような音が僕を出迎えた。

数あるプレイヤーは、会場をフルに使い、
様々な形状、様々な高さに配置されている。
そして、電球も、上記の写真(ネットで盗んできた写真)でわかる通り、
数多く配置されつつ、高さを変えて配置されてある。
写真では明るいが、現場では、
電球の光は、何かにコントロールされているかのように、
流れ、点滅し、視覚的に効果を与える。
プレイヤーを各々見てみると、
リズム音を鳴らすように、ノイズを鳴らすように、
と、数あるプレイヤーに加工させ、
それらを各々、どういう条件下か知らないが、
各々ONとOFFが繰り返され、
時として沈黙、時としてプレイヤー全部が鳴っているかのような、
押し寄せる音が会場を包んだ。
mixiでの北里 義之氏による日記の中で、
大友良英氏とこんなやりとりがあった。
勝手ながら転載させていただくことに、
深く頭を下げながら転載したい。
北里氏の、
「私が偶然に出会うことのできたもうひとつのポータブルプレイヤーは,
すでにターンテーブルが動かなくなったものだった。
あるいはターンテーブルを動かさずに音を出すものだった。」
という文に関し、コメント欄に大友氏はこう記す。
「種明かしはなるべくしないつもりですが
これは、後者のほうで 最初からそう仕組まれたものが数台あります。
想像されたとおり、これはフィードバックでして
決して加工してそうしたのではなく そうなりがちなものを、
そうなりやすいように仕込んだだけのものです。
ただなかなか安定しなきて 会期中にも音がどんどん変わってしまいます。」
種明かしをしたくないのに、さらにここで晒してしまうことを、
なお一層私は反省しなくてはならないが、
知って納得、も消費の手段の一つである。
ところで、会場の中での鑑賞についてだが、ある時を過ぎ、
壁に寄り添い、ただジッと佇んで耳を音に傾けてみる。
目を瞑る。プレイヤーの配置もまっさらにただ耳を傾ける。
音は無機的というか、何の役割も果たさず、
私の耳に届くことを拒むかのように、
ただただ、鳴いている・・・・・・・・・つまらない。
正直な感想である。
思うに、電球の配置、プレイヤーの配置、
それらの光の流れ、プレイヤーの音、
それぞれを視覚的に知覚・認知することに、
ひとつの意義があるのではないか。
一定の場所のみの鑑賞では掴みきれない。
それは、プレイヤー本体から音は発されるので、
まず、場所によって聞こえる音と聞こえない音が生まれる。
無論、ごく微量の音しか発することのできない、
プレイヤーもあるのだから当然である。
ましてや、音を発しないプレイヤーもあるわけだから。
つまり、とても鑑賞する方も根気がいるわけだが、
何より、音好きがどうせ集まるあの場では、
その根気もなんてことはないし、
どこか一定の場所で聞くのも、
それはそれで、それだけでその場を、その音を、
知覚・認知できる行為であるし、鑑賞態度はどうだって良い。
プレイヤーと電球のONとOFFの条件を知り得ぬ状態なわけだから、
どれくらいの時をそこで過ごそうが、それすらも自由なわけだ。
つまり、この展覧会の素晴らしいところは、
明るい時間が少ない中で、我々はその場を歩き、
>または足を止め、見渡し、その視覚を存分に用い、
そうすることで、さらに音に対する姿勢を更新させる。
という点、かと思えば、
果たしてそれが正解なのかといえば、
実際のところ、どうなのだろう、
という人によって感じ方は様々、
という常套な文句が勝るのか、
という多種多様な感覚へのアプローチの空間を、
古ぼけたプレイヤー約100台で構成したことだろう。
昼下がり、良い時間だった。
2009年6月18日木曜日
♯45 Simone Decker(アート)
アート、アート??
とりあえず、画像をみてみよう
画像1
画像2
画像3
画像4
画像5
靴の裏に、服のどこかに付いたら、
こりゃ厄介、なガム。
それを巨大化させてみせてます。
邪魔なものが余計邪魔になるわけだが、
それは、ひとつの景観の一つに変わります。
好き、とかじゃなく、
最初、写真みて普通にびっくりしたので、
ということでの紹介です。
他作品も、なかなか面白いのがありますよ。
チェックしてみてはいかが?
※おすすめ動画
ostooandell / 君はまるでダンスしているみたいに
(POPやねぇ。
沖縄っ子だけど、完全に音楽は都会派)
とりあえず、画像をみてみよう
画像1
画像2
画像3
画像4
画像5
靴の裏に、服のどこかに付いたら、
こりゃ厄介、なガム。
それを巨大化させてみせてます。
邪魔なものが余計邪魔になるわけだが、
それは、ひとつの景観の一つに変わります。
好き、とかじゃなく、
最初、写真みて普通にびっくりしたので、
ということでの紹介です。
他作品も、なかなか面白いのがありますよ。
チェックしてみてはいかが?
※おすすめ動画
ostooandell / 君はまるでダンスしているみたいに
(POPやねぇ。
沖縄っ子だけど、完全に音楽は都会派)
2009年5月12日火曜日
♯33 幻視ノ貌&NUDE(アート)
さて、先週の土曜日。
終了間近だ、という展覧「幻視ノ貌」のことを思い出し、
さっそうと準備し、家を出る。
大島哲以 作田富幸 成田朱希という3人の芸術家。
「見えるはずのないものが見える」
ということに主題が置かれ、
3芸術家の作品は、時代を超え、作風を超え、
実に個性際立つ、逸品ばかりであり、
「芸術家」という、「見えるはずのないものが見える」
といういわゆる一つのカルマをまざまざとみせつけてくれたものでした。
さて、そんな画廊は東京駅前、八重洲にあるわけで、
ちょうどそこから歩いていけるところで催されているのは、
私の大好きな写真家であります、須田一政氏の展覧が、
「プンクトゥム」で見ることができるということで、
こちらも展覧終了間近ということで、
意気揚々と拝見しに行ってきました。
須田一政氏の言葉は、
「ヌード」という主題を的確に指す。
『その曖昧な空間の中で、
繰り返し繰り返し彼女の身体を借り、
極めて趣味的なピントスポットを探り続ける。
まるで、そこにしか探し物が存在していないかのように。
私の写真をなりたたせるのはこの行為にこそあるのだと考えている。』
さて、展覧を見終え、
まだ全然時間があったので、
というより、予定なんて週末にありゃしないので、
気ままに歩きながら、
シメに「INAX ブックギャラリー」に立ち寄る。
主に建築本に特化されてある、セレクトショップです。
ありがたや、なセレクトです。
そのままズカズカと銀座に入って行こうとも思ったが、
銀座は職場のすぐ近くということで、ここはやめておきました。
※おすすめ動画
Sambassadeur - That Town
(これもまたスウェーデン、北欧。
よく出てくるなぁ、ポップス。
似てるなぁ、ペットショップボーイズに。
だから、割と好きかも。割と)
終了間近だ、という展覧「幻視ノ貌」のことを思い出し、
さっそうと準備し、家を出る。
大島哲以 作田富幸 成田朱希という3人の芸術家。
「見えるはずのないものが見える」
ということに主題が置かれ、
3芸術家の作品は、時代を超え、作風を超え、
実に個性際立つ、逸品ばかりであり、
「芸術家」という、「見えるはずのないものが見える」
といういわゆる一つのカルマをまざまざとみせつけてくれたものでした。
さて、そんな画廊は東京駅前、八重洲にあるわけで、
ちょうどそこから歩いていけるところで催されているのは、
私の大好きな写真家であります、須田一政氏の展覧が、
「プンクトゥム」で見ることができるということで、
こちらも展覧終了間近ということで、
意気揚々と拝見しに行ってきました。
須田一政氏の言葉は、
「ヌード」という主題を的確に指す。
『その曖昧な空間の中で、
繰り返し繰り返し彼女の身体を借り、
極めて趣味的なピントスポットを探り続ける。
まるで、そこにしか探し物が存在していないかのように。
私の写真をなりたたせるのはこの行為にこそあるのだと考えている。』
さて、展覧を見終え、
まだ全然時間があったので、
というより、予定なんて週末にありゃしないので、
気ままに歩きながら、
シメに「INAX ブックギャラリー」に立ち寄る。
主に建築本に特化されてある、セレクトショップです。
ありがたや、なセレクトです。
そのままズカズカと銀座に入って行こうとも思ったが、
銀座は職場のすぐ近くということで、ここはやめておきました。
※おすすめ動画
Sambassadeur - That Town
(これもまたスウェーデン、北欧。
よく出てくるなぁ、ポップス。
似てるなぁ、ペットショップボーイズに。
だから、割と好きかも。割と)
2009年3月8日日曜日
♯15 アート情報(アート)
パソコン購入しまして、 (あまりに前のパソコンが皆からのクレームが多くて)
i-tunesの編集作業が全然終わりません。クソっ!
行く予定の展覧会を備忘録変わりに走り書き。。。
・東京現代美術館・・・池田亮司展(4月2日〈木〉→6月21日)
もはや、音楽は音楽のためのものではないです。
・森美術館・・・万華鏡の視覚(4月4日→7月5日)
カールステン・ニコライも参加ということでチェックしておかなくては、と。
スーパーデラックスで、4月4日、notoのライブもあり。
※おすすめ動画
Altered Images - Happy Birthday
ナイスなハッピーバースデイソング。
ただ歌詞の内容は知りません。
i-tunesの編集作業が全然終わりません。クソっ!
行く予定の展覧会を備忘録変わりに走り書き。。。
・東京現代美術館・・・池田亮司展(4月2日〈木〉→6月21日)
もはや、音楽は音楽のためのものではないです。
・森美術館・・・万華鏡の視覚(4月4日→7月5日)
カールステン・ニコライも参加ということでチェックしておかなくては、と。
スーパーデラックスで、4月4日、notoのライブもあり。
※おすすめ動画
Altered Images - Happy Birthday
ナイスなハッピーバースデイソング。
ただ歌詞の内容は知りません。
2009年1月25日日曜日
♯5 コラージュ展(アート)
ただいま、東京国立近代美術館で行われている
「コラージュ -切断と再構築による創造」を見にいってきました。
「コラージュ」
簡単に言ってしまえば、破壊と創造、でしょう。
既存のものに手を加え、そしてそれがまた新しく別の意味を持った作品になる、
という至極シンプルといえばシンプルな行為だ。
そこに別の意味が加わるということで、
ユーモアに満ちた作品に仕上がったり、
世俗を皮肉った作品に仕上がっていたり、
はたまた色々な意味の集合により、観るほうを困惑させたり、
と観覧側からすれば、実に楽しめるものだった。
至極シンプルな行為ゆえ、
そこには、センスというか、美学というか、考えというか、
その表現者の色々が反映されやすいものと思う。
ゆえに、素晴らしい作品ばかりであったことは、
もう今日という日に感謝せざるを得ない。
「コラージュ -切断と再構築による創造」を見にいってきました。
「コラージュ」
簡単に言ってしまえば、破壊と創造、でしょう。
既存のものに手を加え、そしてそれがまた新しく別の意味を持った作品になる、
という至極シンプルといえばシンプルな行為だ。
そこに別の意味が加わるということで、
ユーモアに満ちた作品に仕上がったり、
世俗を皮肉った作品に仕上がっていたり、
はたまた色々な意味の集合により、観るほうを困惑させたり、
と観覧側からすれば、実に楽しめるものだった。
至極シンプルな行為ゆえ、
そこには、センスというか、美学というか、考えというか、
その表現者の色々が反映されやすいものと思う。
ゆえに、素晴らしい作品ばかりであったことは、
もう今日という日に感謝せざるを得ない。
登録:
投稿 (Atom)